
2010年6月28日
日本でのベトナム人研修生、実習生受け入れ増加(Airseco他)
外国人労働者を研修・実習目的で日本企業で受け入れ、低賃金で雇用する外国人労働者派遣業者の横暴は目に余るものがあった。日本の最低賃金の適用を受けるようになってから、本人の手取りは7万円前後まで上がった。宿泊代、保険料、交通費、税金などは雇用主が負担し、受け入れ母体の事業組合、派遣元は管理料名目で一人当たり月額2万円から5万円を受け取る。管理といっても月に一回訪問したり、外国語の新聞を提供する程度。食費を使いたくない困窮した外国人労働者が職場から逃亡しないようにパスポートは預かり、帰りのチケットも渡さない。行動制限もする。タコ部屋労働を強要する。全ての企業がそうではなく、純粋に研修、実習目的で受け入れ終了後は現地法人で雇用する場合もあるだけに見極めが難しい。
それでも、アジア各国の労働事情からすれば月に7万円の手取りは大きい。ベトナムの工場労働者は月額1万円前後である。日本の大手カメラメーカーは現地最低賃金以上では採用しない。日本に行けて、7万円もらえたら5万円は仕送りできる。現地派遣元への希望者は多く人選できるが、逃亡者が出たら次回のビザ申請ができなくなる。だからベトナム側派遣元は保証金を預かり逃亡を防ぐ。1年なら1500ドル3年なら5000ドル。現金のない場合は不動産の権利書を預かったり、家族に借用書を書かせる。5年ほど前、ベトナム側派遣元企業がこの保証金を使い込み破産、経営者は逃亡した。悪意ある結婚斡旋業者と中国への人身売買事件も後を絶たない。
市場経済受け入れの1990年以前のベトナムの外貨獲得手段は、越僑さんからの仕送りと、国による労働者派遣業であった。東欧諸国に労働者を派遣し、給料は国が受け取っていた。東欧諸国から帰国したベトナム人が現在はガラス細工工場とか陶器工場で働く。結果的に技術を習得し元の会社から資本提供も受けている。悲惨な事例の多い中の成功事例である。
近頃は、日本のゴルフ場、旅館、溶接工、鋳物工など人件費削減と相変わらずの3K職場からの需要が高い。中国、ブラジル、フィリピン、ベトナム、からの労働者派遣受け入れ元は、国ごとに組織され業界内ではしのぎを削っている。以前、中国の地方省労働局から一万人規模の労働者派遣を打診されたこともある。5パーセントの逃亡と、学歴詐称、年齢詐称など当たり前だけに受け入れも大変である。2009年12月の入国統計では研修36199人、技術実習16531人、技能実習11349人、合計64079人。国別では中国、ブラジル、フィリピン、チリの順で、ベトナムからの研修、実習生は1500人程度であったが、今年5月上期だけで400人が許可を受けた。
外国人労働者受け入れには、そもそも純血思想の日本国の未来をどうするかなど、根本的議論も含め、まだまだ解決しなければならない事項が山積している。アジアの労働者は何万人でも募集と日本への派遣ができる供給過多が続いている。日本企業の需要は特定企業、分野に限られており、言葉が通じない外国人をどの会社でも受け入れられるわけではない。
2010年1月4日
ベトナム共産党の五年に一度の党大会が来年一月にハノイで開催される。今から一年間は新体制のニュースが活発化する。(NHKほか)
日本のODAをめぐる政府内の汚職問題、世界的不況を受けたベトナム国内の経済対策の遅れなど現体制に対する国内の批判もあり、来年の党大会に向けて大幅な人心一新が図られるものと予想されている。ベトナム共産党政治局員のメンバー変更だけでも重大ニュースながら、今回の人事は書記長人事に注目が集まる。
保守派、改革派、軍などの勢力均衡・調整力を重視する人事が続いているが、ベトナムの国土のように北のハノイ市と南のホーチミン市の天秤棒を担ぐ中部保守派勢力は依然として強い。ダナン市などベトナム中部は台風の直撃を受ける自然環境が厳しい地域で、中部出身の政府内有力者・OBは粘り強く、国民の信頼も厚い。現ノンドックマイン書記長は北部少数民族の出身ながら東欧民主化を支持した勢力を一掃するなど北部・中部保守派からの後押しを受けてきたが、長期化した政権に変化を求める声が強く、政治局員の大幅刷新も囁かれている。書記長人事は政治局員の投票により決っするだけに、政治局員の大幅入れ替えは新書記長の選出に大きな変化をもたらす可能性を含んでいる。
2009年8月18日 EPAセミナー開催
17日、ホーチミン市でジェトロ、日本商工会議所主催により本年10月から発効する日超経済連携協定(JVEPA)に関するセミナーが開催された。(NNA)
昨年12月に署名され本年10月1日発効のJVEPAに関しては、期待と不安が交錯している。今後10年間で日本側の無税品目を95%以上に、ベトナム側を88%以上に拡大することをうたっているが、ベトナム側の縫製品関係者からの期待の声と、実務面での輸出入手続きの恣意的取扱いに関する不安とが日超双方から出された。
無税品目は、最恵国待遇とか投資企業に対する特恵関税とか2006年のベトナムから日本への輸入品目の66.4%、日本からベトナムへの輸出品目の46.2%が無税であった。今後の焦点は国内原産率40%以上の品目に適用されるJVEPAに適合する原産地証明(C/O)の発行と取扱いに関するベトナム国内の関税当局の対応に依るところが大きい。
これに関して日本側経済産業省は、原料が40%以上が原則ながら、原料から加工された加工品については国内品とするという説明のようであったが、エビのような即時撤廃品目からネジのような段階的撤廃品目まで多岐にわたっており、関税当局者の単にどこで通関させるかの地域的認識の格差是正も含め、ベトナム側の対応能力の向上が間に合うのか疑問である。
ともかく前進するという明るい受け止め方はあるものの、ベトナムはネゴシエーションの国と言われるほどその都度担当者と交渉をするのが当たり前になっているだけに、オートマテイカりーな通関は従来通り望めないものと思われる。
EPAの拡大は、今後ベトナムへの投資企業に影響を及ぼすことは明らかで、日本への輸出に関しては工業団地など経済特区への自己資本による進出の有用性は薄れ、ベトナム国内企業に対する外注戦略が浮上してくるものと考えられる。その意味では、既存進出企業は日本からの受注が受けやすくなり工場の稼働率上昇につながるし、ベトナム国内企業も市場の拡大が見込まれる。
反面、無税品目から外された輸出入品に関しては、今後とも各国内生産者を保護することを明らかにされるだけに、関税率上昇の可能性を含む。また、製造工程で使用する塗料・梱包材・化学品など到底ベトナム国内では調達不可能な品目も多く、無税品目の拡大はベトナムで調達できない品目のベトナム国内での製造を放棄することにもなりかねない。段階的撤廃品目のネジが関税0%になる6年後までにベトナム国内で製造できるまでの技術移転が可能とは思えない。
日本の骨太方針から始まったことだけに、何でも自由化すれば市場が淘汰され結果的に消費者に利益を与えるという理論には限界を感じるし、食品安全基準、JISなど自由化とは裏腹の日本市場での規制も問題である。ベトナムも8650万人を抱える巨大市場であり、ベトナム内需を喚起することが日本の市場拡大につながることであり、貿易の自由化と同時にベトナム国内総生産の上昇の方策をともに醸成していくことを忘れてはならない。ベトナム側の目標値88%の運用に注目したい。
2009年8月6日 中国、パラセル諸島(西沙諸島)でベトナム漁船拿捕
2日、ベトナム人13人が乗った漁船が中国に拿捕され、乗組員が拘束された。(AFP)
パラセル諸島を西沙諸島、スプラトリー諸島を南沙諸島と呼ぶ南シナ海に浮かぶ島々である。豊富な海底資源が眠る海域とされ、周辺各国が領有権を主張している。パラセル諸島には中国海軍が基地を置き、実効支配しており夏季の禁漁期間に操業した漁船が拿捕されたようである。前回も拿捕の例があり、未だに12人のベトナム人は解放されていない。
スプラトリー諸島(南沙諸島)については、フィリピンのアロヨ大統領が自国領土である書面に署名するなど、周辺各国の主張は激しく対立している。
共同開発などの発展的取り組みは行われていない。

(資料: Wikipedia)
2009年8月3日 IT工業団地 迷走
ホーチミン市は、新たに造成中のThu Thiem副都心にIT関連企業を誘致するIT工業団地の造成に着手しているが、IT企業団体から反対され迷走している。(Vietnam News)
ベトナムにおけるIT関連企業は人材の確保ができていない。大学では英語とフランス語による情報関連学部が運営され海外留学者も多い。学術研究分野に進むベトナム人は大変優秀である一方、企業が必要とするSEはじめソフトウェア開発要員の育成分野の裾野が広がっていない。基礎教育、職業訓練に問題をのこしたままIT関連企業も増えていないのに、入れ物の工業団地の造成が先行する。日本の箱物行政とよく似ている。
10年ほど前のVietnam Newsの1面トップに「ベトナムにおけるITソフトウェア産業の実態」という論評が載ったが、すでに当時から人材不足が指摘されていた。さらにはベトナムのIT企業は携帯電話を売っていたりパソコンを売っていたらITだと言われ、ソフト開発などの創造分野は将来にわたって育っていかないと指摘していた。実際ベトナムに進出するIT関連企業の外国投資は、データの入力・ファイリング・数値データの検証・製造機械のメンテナンスなど、パソコンの画面上での仕事ながら労働集約型で時間のかかる業務を人件費の安さからベトナムに外注しているにすぎない企業がほとんどである。しかし外国企業にソースコードの開示を迫る中国からの移転企業は増え始めた。
日本の資金25億円により開発されたハノイ近郊のITパークも閑古鳥が鳴いているし、ホーチミン市の空港そばのITパークもビルはできているが企業が集まっていない。このような実態の中での新IT工業団地の造成に対して中止を求める意見がIT関連団体から出されている。
すでにベトナムIT企業のプログラマーの給与が、月額1500ドルを超えており、ソフトウェア開発従事者は花形産業なだけに都市の中心で働きたいという希望が強いため、引き抜きとか転職が多く、ベトナムにおける経費とセキュリティの面から、IT分野外国企業のベトナム進出の有用性が問われ始めていることに気づくべきである。
2009年6月27日 上半期、消費者物価指数 10.27%の上昇
6月の消費者物価指数は前月比0.55%の上昇で、前年同月比3.94%となった。上昇率が高かかったのは住宅関連・建築資材関連で1.45%の上昇。食料品は1.1%の下落となった。結果、上半期前年同期比10.27%の上昇となった。(Vietnam News等)
住宅・建築資材関連の上昇は、ドン安傾向による輸入建築資材価格への跳ね返り分と思われる。政府は、不動産の流通促進と価格の安定化を図るため、住宅購入資金の3割を用意できる場合、7割を銀行が融資するローン制度の拡充により、特にマンション価格の下落を抑える経済対策を発表した。これにより中断していた建築工事が再開されたものと考えられる。
ベトナム都市部のマンション流通価格は、1㎡あたり900ドル前後。2LDKで約15億ドン、約900万円で、2年前より30%以上下落した。今回の不動産融資の緩和策により、再び上昇傾向を示している。住宅ローン融資の緩和はベトナム国内でも賛否両論意見が分かれている。実態経済の回復基調を待たずに通貨供給量の増大を招き、インフレを再燃させる恐れと不良債権の増加を招く恐れがあるという、冷静な見方と、本来の不動産価値に見合った価格の維持により、信用収縮を抑え内需拡大に寄与するという楽観的な見解とがある。
日本の常勤給与所得者の平均年収437万円に対する新築マンション販売価格3200万円は約7.3倍。ベトナムハノイの勤労者平均年収約2000ドル(2007年は1500ドル)に対するマンション価格は45倍。平均年収の日本人が2億円の億ションを買うのと同じである。理由はいくつかある。インフレ傾向によりローン返済額が実質的に減る。経済成長率8%の維持により給与が上がる。転売により儲かる。隠れた預金がある。専門職給与は10倍にもなる。担保価値をオーバーに評価される。共働きでローンが通りやすい。賃貸により収入が入る。・・・しかし現実は、ベトナムの全国の平均年収835ドルからすると、明らかに貧富の差が広がり、ほんの一部のプレーヤーが不動産売買にかかわっているにすぎない。
ベトナムの不動産市場はここ10年で飛躍的に拡大した。建築技術の輸入によりビルの高層化大型化が進んだことに加え、30代の外資系企業に勤めるニューリッチと言われる購買層の需要が喚起された結果である。しかし、予想を上回る価格上昇は、投機的なバブル状態までもたらしていた。
社会主義の国ベトナムは、土地の所有者は国であり、土地使用者に使用権が付与されているが、使用権証といわれる権利証は全国に普及していない。土地売買は使用権売買であり、許可事項のために、市場は解放されていない。洗練された都市計画と建築技術はやはりベトナム人単独ではまだ無理であり、不動産市場に投機的資金供給を抑えながら、WTOアグリーメントの忠実な履行によりいかに外資の参入を認めていくかによって、不動産市場の形成がなされていくものと考える。
2009年6月22日 ホーチミン市の弁護士逮捕でアメリカ政府、憂慮を表明
アメリカ政府報道官は、ホーチミン市のベトナム人弁護士Le Cong Dinh氏の国家反逆罪容疑による逮捕に関し、深い憂慮を表明した。ベトナム側は、ベトナムの内政に干渉しないようアメリカ大使館に要請した。(THAN NIEN)
Dinh弁護士は、国家反逆罪容疑者の弁護を行っている社会派弁護士で、今回はインターネットを通した自身の意見表明が証拠として採用され逮捕に至ったようである。
日本のかつての治安維持法程の過激さはないものの、ベトナム刑法88条は現に機能している。ミャンマー軍事政権によるアウンサン・スーチーさんの軟禁と、今回のDinh氏逮捕とは別格であり、Dinh氏は法廷という意見表明の場を与えられていた。他国の政治犯すべてを否定するアメリカ政府は反応したが、アメリカ国内にもテロ防止を名目によく似た逮捕があった。
外国投資による工業化と輸出産品の確保を進めている全方位外交のベトナム政府が、あからさまな言論弾圧による国際的批判を受けるような行為を常時行うことはなく、一罰百戒の感がある。
2009年6月18日 三洋電機ベトナム子会社で日本人財務責任者8億円の横領か
三洋電機は、ベトナム、ドンナイ省Bien Hoa Ⅱ工業団地にあるデジタルカメラ製造の三洋DIソリューションズベトナム有限会社において、日本人財務担当責任者(54)が数億円を私的に流用し、失踪していることを公表した。(三洋電機株式会社広報部)
現地公安は、三洋子会社の預金口座から引き出された総額は820万ドル。Le Thanh Tonの日本食レストランAJISAIの店主の妹女性N(27)と生活をしていたようだが、Nも失踪し行方を追っている。引き出された金はホーチミン市、カンボジア、マカオのカジノで使われたようである。三洋電機の株価まで落としている。
製造業の海外子会社に仕入資金とは別に9億以上の現預金を置く必要があったのか疑問だし、これだけの額を現金で出金できるのはベトナムでは異常である。海外送金のために外貨を使用する場合は、相手側との契約書から輸出入インボイスなど疎明資料の提出を求められるし、支払い外貨と受け取り外貨のバランスも求められる。現金出金にしても給与の支払いは現地通貨ドンであり毎月ほぼ一定額であろうし、他の仕入れ等経費の支払いについても少額ならともかく、付加価値税の還付申請など税務対策上も銀行振り込みが基本である。しかも振り込みには疎明資料が必要になる。出金に応じた銀行側にどんな資料が提出されたのか、個人的には興味深い。
社内的にも、キャッシャーと言われるベトナム人財務担当責任者は支払の窓口であり、四半期ごとの財務諸表の作成のために偽造された現預金の疎明資料が簡単に社内監査をすり抜けたとは驚きである。日本本社から派遣された財務責任者となれば絶対的決裁権限を持つし、三洋電機の知名度から周囲は疑う余地もなかったのかもしれない。
日本も「犯罪による収益の移転防止に関する法律」いわゆるマネロン防止法が2008年3月から施行されたが、おかげで特定事業者(銀行等)は現金出金とか、多額の送金は直ちに関係当局に対し「疑わしい取引」として報告する義務を負う。ベトナムの銀行はその点では契約書の提出まで求められる許可事項であるだけに、資金の移動は簡単ではない。
さらに現金の海外持ち出しは7千ドル程度であり、私もかつて空港で厳しく追及されたことがある。失踪した本人はともかく、今後、監査業務、入出金手続などベトナム進出企業の資金移動に関して多少なりとも影響があるものと思われる。
2009年5月27日 ベトナム、コレラで初の死者
ベトナム保健省は、現在感染が拡大しているコレラにより、本年度初の死者が確認されたと発表した。(AFP通信)
今回のコレラは、不衛生な犬の肉により発生し現在53人の患者が入院しているという。一部情報では感染者は300人を超えたとも言われている。ベトナム国内では伝統的に犬の肉を食用にしていた。私は挑戦したことはないが、値段は安いが力が出るという話を聞いたことがある。若い人は食べないが、食用の犬を中国に輸出もしている。よく冗談で、ベトナムの路上で売っているホットドックはドックミートを使っていないかと言っていたが、笑えない状況になってきた。数年前にはカンボジアでワニの肉からの感染が確認された。
ベトナム国内では、鳥インフルエンザ、デング熱と死亡率の高い感染症がある中で毎年コレラの発生も報告されていたが、今年の感染はハノイなど北部を中心に拡大し市民生活にまで影響を及ぼし始めた。保健省はトイレの後の手洗いの徹底、犬肉業者の取り締まりなど本格的感染予防策に乗り出している。
WHOも2年前のベトナムのWTO加盟にあたってベトナムにおける食の安全に関する課題で衛生面の国内基準を国際基準に合わせること指摘していたが、そもそも上水道も下水道も未整備の状態で手洗いとか食品の水洗い自体に課題がある。保健省は食品の加熱処理を宣伝している。
日本人の個々の免疫力にもよるが、たいていの日本人旅行者はベトナム滞在3日目辺りから下痢を体験する。それを乗り越えるとたいていの物を食べても平気になるが、私も今だに五つ星ホテルの氷以外の氷は信用していない。
2009年5月25日 ズン首相来日、日超共同声明
4月のマイン書記長に続き、ズン首相が来日し「戦略的パートナーシップの発展」という共同声明を出した。(各紙)
ベトナムとの戦略的パートナーシップは、中国もASEAN各国も国家元首級の会談後、同じような基調での共同声明を出している。今回は4月の書記長来日に続いての首相訪日とあって、ベトナム経済の立て直しのためにベトナム側の日本への期待が表れている。
生産拠点としての日本企業のベトナム進出は、世界金融危機の影響下極端に減少している。それどころか既存進出企業の稼働率の低下と雇用の削減に直面している。日本経済の立て直しもおぼつかない状態でベトナムへの進出案件と言われても、たちまち打つ手がないのは目に見えている。中長期的戦略的互恵関係の構築といったところである。
今回の共同声明で、新たに宇宙開発が盛り込まれたのは目新しい。そもそも、ロケットを赤道に向かって発射するのに、種子島の宇宙センターからの発射より、赤道直下のベトナムで発射した方が簡単に決まっている。ロケットの技術供与というより、発射場所の確保は長年検討されていただけに新たな可能性を見出した。
2009年5月14日 ベトナム鉱山開発に反対運動
中国の国営企業が゛ベトナム中部でアルミニウムの原料となるボーキサイト鉱山の開発に着手したところ、ベトナム国内で有識者を中心に反対運動が広がっている。(読売新聞 佐藤記者)
久しぶりに読売新聞がベトナムレポートをカラー写真付きで朝刊に掲載した。ベトナムの人たちに根強い中国に対する警戒感があることが、日本人にも同様にあるでしょうと共感を呼ぶような配信である。
太平洋戦争の最中、ベトナムに進駐した日本軍は三井金属の技術者を使いベトナム全土の地下資源調査を行い、今でも同社にその資料が現存するといわれている。資料によれば、ダイヤモンドから石油までほとんどあらゆる鉱物・地下資源がベトナムに埋蔵されているといわれている。世界最大のルビーも北部で見つかっている。当時から豊富なボーキサイト埋蔵量は注目されていた。
しかし、ボーキサイトからアルミのインゴットを精錬するには、大量の電気を使用する。ベトナム政府もアルミ精錬事業を検討したが、とてもそれだけの電力をまかなう能力が国内にはなく、さらには新規投資により、既存のインドネシア産アルミインゴット価格に対抗できないと判断し、投資企業を海外から募っていた経緯がある。日系企業も当然検討したが投資に見合う案件ではなかった。おそらく、中国もアルミ精錬事業による採算よりも、ベトナム産石油と石炭の供給源確保のために動いたと考えられる。エネルギー外交である。
いったん許可されて開発行為に着手されたものを、ベトナム戦争の英雄ザップ将軍が首相に出した公開書簡により中止するわけにはいかないので、中国企業の開発に対して平身低頭感謝しているわけではないということを、国民の声として中国側に伝えている節がある。
中越、阿吽の呼吸である。
2009年5月7日 ホーチミン市、大気汚染が深刻化
ホーチミン市環境保護局の定期調査により、ほこり・鉛・騒音・CO・NO2の5項目とも改善は見られず、多い交通量、乾季中の工事、車両のエンジン音などの要因により、子供の呼吸器関連の病気、中耳炎・喘息などでの入院数は常に前年を上回っている。(Vietnam News など)
ホーチミン市内のバイクの群れは、ベトナム名物で15年も前から当たり前だったが、ここ数年自転車が減り、車が増えたし、さらには運搬用トラックなど大型車両がものすごい勢いで増加した。経済発展と引き換えに訪れる環境被害は、悲鳴をあげるまで放置される。
日本のインフルエンザなみに、バイクに乗る人はマスクをし眼鏡をかけ自己防衛に努めている。
ホーチミン市は、大型車両の市内中心部への乗り入れを規制し、外周道路を整備しているが追いついていない。最も大きな要因は、都市化が進んだ市内に高層ビルが立ち並び風の通り道がないことである。かつて緑多きクメールの都は、2階建てか3階建てのフランス風建物よりも、広い道路に配した街路樹の方が高かった。京都のように同じ間口で区画されたためか、都市化は上へ上へと建物を高層化した。市内を流れる中小運河は蛇行しドブ河と化し、大通りは途中でふさがれており、海は遠く、山はない。乾季の大気は停滞しビルの狭間にこもってしまう。風通しの悪い都市を造ってしまった。もっとも、ベトナム人は昔からクラクションを鳴らしすぎである。
同じ都市でもハノイ市は、北部山岳地帯からの風が紅河を渡り、都市の中を吹き抜ける。
バイクを売り倒した日本企業も、エコバイクの開発を求められる時が来た。
しかしながら、10年ほど前に日経新聞の勇気ある若手記者が、誰も書かなかったホーチミン市の大気汚染問題を記事にした時、海外での風評被害を恐れたのかホーチミン市政府から打ち消すコメントが出された。時が変わり今では環境保健局が堂々と発表するのだから、ベトナム人の意識も変わった結果であろうし、実際問題、子供たちに健康被害が多発していることが公表を後押ししているのであろう。情報開示は身近なところから進みだしている。
2009年3月14日 ベトナムのホテルの客室稼働率低下
2008年のハノイ市内のホテル稼働率は60%~65%。ホーチミン市のホテルも60%と前年比、20%の落ち込みとなった。(CB Richard Ellis)
そもそもホテル客室料が高い。法人契約で5つ星ホテルが120ドル程度だったものを、200ドル以上に値上げしたのは行き過ぎである。各ホテルの値上げ率は50%~70%で、それこそ物価上昇率よりもハードな値上げである。中には300ドルを超える法人契約料金を提示されたホテルもあり、法人客を受け入れたくないのかとさえ思わせる対応であった。サービス、客室がまったく同じで、値上げに見合う経営努力は全く感じられない。むしろ、中国人旅行者の大量受け入れで、朝食バイキングなどは悲惨な状態だった。ベトナムの4つ星5つ星ホテルの格付けにも疑問がある。
世界のホテルが2重3重のディスカウント価格設定で、オフィシャルレートは何なのかと思わせるが、ホテル経営における人件費率は高く、日本の場合40%前後まで人件費に食われてしまう。
その意味では人件費が安く、客室料がInternationalレートのベトナムのホテルの利益率は高く、 40%を超えているといわれている。もうけすぎである。旅行代理店各社のキックバック要求率も高すぎる。
もつとも、過去には1997年のアジア通貨危機、2004年のSARS危機、鳥インフルエンザと外部要因によりホテル稼働率が10%台にまで落ち込んだことがあり、儲かるときに稼ぐといったところであったと思われるが、ここにきて世界金融危機の中、すでに2月の稼働率は30%台まで落ち込んだらしい。ほてるは水商売と言われるが、ここまで落ち込むとホテルも経営危機である。
今後は政府による観光資源の整備と、もう一段の適正価格の設定、サービスの向上という経営努力を求められる局面になり、巨大ホテルではディスカウント団体客の大量受注に動かざるを得ないと考えられる。さらにハノイ市では5つ星巨大ホテルを2棟建築中であり、価格競争はさらに激化していくものと予想されるだけに、各ホテル・旅行代理店各社のの値下げと質の向上に期待したい。
法人契約のお客様をもう一度見直すべきではないでしょうか。
2009年1月13日 ベトナムの失業者、新たに15万人
世界的に失業者が増加傾向にある中、ベトナムでは昨年の3万人の失業者に加え、本年度は新たに15万人が失業すると予測されている。(トイバオキンテー、サイゴンタイムズなど)
中国で2000万人、アメリカで1100万人と桁外れの失業者数の発表があるなか、ベトナムでも本年度の予測を15万人と発表された。数字の根拠が明確ではないが、このままのペースでいけば1か月12000人以上の失業が予想されるということらしい。中国もベトナムも統計数字を信頼できないところがあり、もともとの就労者数自体に信頼性がなく、国営企業に一定期間以上勤務すれば年金とか保険が付与されるために、国営企業に登録だけされてたまに顔を出すだけの幽霊社員がいるようである。
各企業では、テト(旧正月)前に解雇するのはしのびないようで、テト前のボーナスを支給し、テト後の3月までに雇用調整に踏み切るものと予想されている。ベトナム労働法では勤続年数1年あたり最低半月分の退職手当を規定されているために、各企業の就業規則にも規定されている。企業が経営難で退職手当を支給できない場合は、国が最大3か月分の給与相当額を補助することになっているが、すべてに対処すると5000万ドル必要になるものともいわれ、労働・傷病・社会福祉省の対応が注目される。
2009年1月6日 ベトナム工業団地の今後の動向に注視
現在ベトナムには全国150か所3万2000haの工業団地に外国投資2600件253億ドルの投資が実行されている。2007年までの外国企業による積極的ベトナム投資が工業団地造成と新規投資を呼び込む好循環を生み出してきたが、ここにきて世界経済の影響をまともに受けだしている。
90年代の工業団地は造成側も進出側も手探り状態ながら、50年賃貸で1平方メートル当たり年間1.5ドルから2.5ドル程度で契約されていたが、2005年に既存の工業団地がほぼ満杯となり、新規の工業団地は1平方メートル当たり3.5ドルから5ドル近くまで値上がり傾向にあった。さらにはハノイ、ホーチミンの都市近郊工業団地は空きが出ると6ドルとか8ドルといった高値を提示されていた。これは日本円に換算すると1坪あたり9万円近い土地代金となり、異常である。工業団地にはさらに維持管理費が平方メートル単位で付加されるし、電気代は一般家庭より高い。社会保険料の徴収から税務調査まで、明らかに取れるところから取るといった姿勢で土地代だけではなく付加される維持費も膨大である。
政府はさらに2015年までに100か所2万6000haの供給を目指して、外国投資の呼び込みを従来と同じ手法で実現できると考えているようだが、今後の情勢は厳しさを増すことは明白となっている。すでに、進出企業の中には、業績不振から操業の停止、従業員の解雇に向かっている企業もあり、進出企業の工場の稼働率は著しく低下している。当然新規投資のスピードは落ち込み、既存工業団地からの売却案件が出てくれば、土地代、管理費、保証金の値下げが始まるのは目に見えている。
もっとも、工業団地側はすでに投資を回収しており、稼働率が60%もあれば十分な収益があるために、差し迫って値下げをする状況ではない。既得権益化してしまっている。ただし、政府当局からすれば、雇用の減少に歯止めをかける方策を迫られているし、工業団地各企業はストの脅威にもさらされる。
都市部のマンション価格と工業団地の土地代が明らかにバブル状態であったものを黙認してきたツケが回ってきている。せっかく進出先として評価されてきた市場を、崩壊させてしまう恐れさえある。政府主導による既存進出企業に対する優遇策の策定と、徒な新規開発ではなく、内需を喚起する景気対策が求められている。
2008年12月1日 ハノイ大雨被害続く
ベトナムの首都ハノイを襲った記録的集中豪雨により、ほぼ町中が水没し、水が引くのに3日間もかかったが、いまだに低地には水がたまったままになり、その後の好天候により、蚊が大量発生している。(現地取材)
蚊を媒体とする伝染病は多く、鳥インフルエンザもその一つと言われている。近頃、国際的な報道が鳥インフルエンザにナーバスになっていない分報道機会がほとんどないが、実際はベトナム国内でも発生確認されている。今のハノイでは夜間暗い所に出歩かない方が賢明である。
2008年10月23日 ベトナム首相 中国公式訪問
ベトナムのグェンタンズン首相はASEM首脳会議出席のため、中国北京に到着し、温首相と会談した。両国の包括的戦略的パートナーシップの確立を合意した。(Vietnam News)
ズン首相はこれに先立ち海南島の海南省を訪れ、トンキン湾の活用につき話し合っている。海運ルートの開発である。
ベトナムはすでにハノイ-ハイフォン間の高速道路の建設と、ハイフォン港のしゅんせつ、新埠頭の開発計画に着手している。さらには、中国の援助を受け、ハノイ-ラオカイ-昆明の高速道路の開発計画にも着手しており、中国との陸海輸送ルートの整備は着々と進行している。
海運ルートは中国の広州からハノイまでの直行便がなく、従来は広州-香港-ハイフォン-ハノイのルートで最短1週間。ベトナム側の税関手続きに時間がかかれば2週間以上を要してしまっていた。これが海南-ハイフォンルートあるいは陸路高速道路でのトラック輸送になればおそらく最短3日と思われる。
中越国境の貿易額は年210億ドルといわれるが、中国からベトナムへの輸出量は増えているが、ベトナムから中国へ売るものが増えていない。現在の中越国境の中国側にはベトナムへの入国を待つトラックが列をなしている。大量の中国製品が一気にベトナムにもたらされると、ベトナム国内産業が疲弊してしまう恐れがある。しかし、広州の最低賃金が100ドルを超え中国国内での分業よりもベトナム国内の工場との水平分業の方が効果が上がると考えられる製品・部品関連は、新たな製造ラインを持つことになる。
しかし、ベトナム-ロシア間の貿易のうち銀行決済が30%しかないように、中越間の貿易も何の通貨なのか物々交換なのか本物なのか統計もよくわからない。ほんとは何を取引しているかもわからない。中国人-ベトナム人阿吽の呼吸といったところである。
中越間の歴史的関係は決してバラ色ではないが、
2008年10月20日 ベトナムでは女性の日
ベトナムでは3月8日と10月20日は女性の日。3月8日は「国際婦人デー」、10月20日はベトナムでの婦人組合組織誕生の日。男性はこの日に合わせて花を贈り、思いを届ける。(Vietnam News)
ベトナムには独特の日があり、女性の日とか先生の日とか面白い。10月20日は「女性の日」で男性の日はないそうである。この日はバラを9本男性から女性に贈るのが一般的。もちろん母親、おばあちゃん、女の子供まで何か貰える。会社の中でもかわいくてモテる女の子の机の上には、花束がいくつも積まれるほど、この日は華やかである。9本ではなくて両腕いっぱいのバラを贈られた女の子を見たことがある。
ベトナムに限らず東南アジアの亜熱帯の国々では、軒先でランニング姿のオトウチャンが昼間っからビールを飲んでボッ~としている家をよく見かける。反面オカアチャンはテキパキと仕事をこなす。男が働かないからかもしれないが、女性はよく働く。年に2回くらいは、ちゃんとお礼をしましょうよ、といったところらしい。若い人たちはこの日をねらって趣向を凝らす。花を自分で届けるのもありだが、たいていはキザッぽく花屋に届けさせる。カードが付いていたり、お菓子が付いていたりクリスマスとバレンタインが一緒に来たみたいなものである。たくさん花束を貰った女の子は、迷惑そうな顔をしながら、誇らしい。何ももらえない子はお父さんとか兄弟からもらえるからいいもん、みたいな顔をしている。悲喜交々である。
2008年10月17日 ホーチミン市冠水対策に800億円
ホーチミン市内の川、運河の水位は、周辺地域の開発により毎年1.5センチメートル上昇しており、年間60回にも及ぶ冠水が発生している。ホーチミン市は都市開発の専門家を招へいし、800億円の援助資金で都市全体の排水対策に乗り出している。(Vietnam News)
1990年当時から、ホーチミン市では大雨が降ると市内の側溝があふれ、道路が冠水し交通がマヒしていた。冠水箇所は以前より広がって改善されていない。よく工事現場に掘られた穴に水がたまり、子供たちがその中でもぐって遊んでいた。道路の冠水はハノイ市内でももちろんあり、ハノイは市内の小さな湖があふれてなかなか水がひかない。ベトナムならではの大雨の風景のように、車の中から笑って見ていたが、そろそろ笑っていられない状況になってきたようである。
もともとメコン川は高低差がなく、メコンの支流であるサイゴン川は周囲の湿地帯に水を吸わせて蛇行していた。洪水というより冠水である。川の周辺が湿地帯も含めて開発され始めたために当然、雨水は逃げ場をなくした。大雨による冠水も問題ながら、乾季の水位低下も問題である。メコンの河口から海水が逆流し農地に塩害をもたらしている。近年は、乾季に雨が降らず、南部メコンデルタでジャングル火災が発生し、ななかなか鎮火しない。集中豪雨は激しさを増し、同時に火災は消えないという状況である。天災なのか人災なのか、ともかくベトナムの人たちも自然に立ち向かう都市計画を求められている。
フランス統治下の1901年には、ハノイ市内は下水道が完備され、水洗トイレであったという。同時代の日本では考えられない状況である。そのためか、今でも都市計画はフランス人に頼っている。1995年ホーチミン市役所の後ろに黒いビルが建てられた時、景観を損ねるから5階以上を切ってしまえというフランス人専門家の意見に新聞も世論も賛成のコメントであったが、結局そのままである。意見は言うし、論評もするが実際はやらない。これもフランス風のようである。
2008年10月9日 ベトナム株式相場 4.49%下げる
10月8日世界同時株安を受けて、ベトナム証券市場は、Vietnam-Indexが前日比19.47ポイント落とし、4.49%の下げとなった。(Vietnam News)
ベトナムの株式相場に関してはコメントしたくない。今回のサブプライム問題、リーマンショックを経ての世界同時株安の状況は、色々なバブルが崩れているといわれている。投資銀行バブル、アメリカの住宅バブル、原油バブル、日本の不動産のミニバブル、そして新興国バブル。新興国の代表が中国で、中国国内の不動産市況もバブルがはじけたように下落している。ベトナム国内の都市部分譲マンション価格も、ホーチミン市で一時3LDKが日本円にして2000万円近くしていたように、完全にバブルってていた。ベトナム人が購入し、外国人に賃貸すれば、ローンは払えるし、値段が上がったところで売却もできると、投資用マンションとしての需要が旺盛だったが、インフレの進行により、市中金利が年20%超え、住居の供給も増えていたために、一気に売りが膨らんだ。マンション価格は半値近くまで下落する勢いである。不動産投資がマンションに注力したために、オフィースの需給バランスはいまだに供給不足である。
新興国の仲間入りがまだできないベトナムながら、市場経済の荒波と立ち向かいながら、適正価格を模索していくことになる。
2008年10月8日 外国人による不動産所有 09年1月1日より
2009年1月1日より許可される外国人による不動産所有に関し、建設省は違反者には不動産価値の30%の罰金を科すことを発表した。外国人による不動産取得が許可される場合は、5つのカテゴリーに分類され、購入できる家は1軒。ベトナム人と結婚してベトナムに居住している場合、1年以上ベトナムに駐在し現地法人の経営に携わっている者、直接投資企業が外国人労働者のために購入するアパート、特殊な知識経歴を有してベトナムにとって有益と認められる者、その他大統領・政府が特別に認めた場合のようで、外国人による売買、譲渡、投資によって不動産市場が投機的様相になることは無いとコメントしている。(Vietnam News)
ベトナム政府はWTO加盟時に、市場開放化プロセスを開示し合意を受けている。WTO Agreement と呼んでいる。その中の1つが2008年6月までに外国人、外国企業による不動産の直接所有に関する法整備があった。07年まで都市部不動産の年率20%から30%の値上がりによるバブル状態であったものが、08年から住居用不動産の急激な値下がりによりマーケットは混乱している。外国人による投機的不動産売買を抑制しながら、WTO Agreement を遵守しようとする小手先の法整備であり、不動産売買を市場開放することにより、洗練された都市建設を外資によって行わせるような積極的姿勢ではない。さらには、末端行政機関までに施行規則なり運用規定が公表される時期は未定である。
そもそも、ベトナムにおける土地は、所有権ではなく使用権を政府から許可される。今回も土地については使用権を付与され、建物について所有権を認めることになる。許可権限者は絶大な力を保持していることになる。昨年まで十分不動産バブル状態を放置しておきながら、WTO名目で外国人に対してのみ規制をかける方法は、Agreementiに逆行している。ベトナムにおける不動産投資は、現行のJV方式あるいは使用貸借方式による外国企業の参入方法を継続し、居住者にのみ1件の家の購入を許可しただけである。
ちなみに、不動産に対する抵当権の設定に関する法律はあるが、破産法、民間による強制執行法は未整備で、ベトナムの不動産に法的な保全価値はない。一般的には譲渡の契約書を担保に提供するようで、譲渡担保契約による保全を公証人役場で公証し、即決和解を取っておくことになるが、実行は家庭裁判所に持ち込まれるため、最終手段でもない。
2008年10月6日 ハノイの古代遺跡 世界遺産へ登録申請
2002年ハノイ市のBa Dinh地区で国家議事堂新築工事のための基礎工事中に見つかった古代遺跡が、その後の調査により7世紀のダイラ遺跡からタンロン時代さらにはその後の歴代の王朝の遺跡が存在する複合遺跡であることが判明した。ベトナム政府はユネスコに対して世界遺産登録を申請した。(Vietnam News)
ベトナムの世界遺産は1993年フエの建造物郡、1994年ハロン湾、1999年古都ホイアン、同年ミーソン聖域、2003年フォン二ャ-ケバン国立公園と5箇所が登録されている。さらには2003年11月7日の第2回「人類の口承及び無形遺産の傑作の宣言」において「ベトナムの雅楽」と「ベトナム中央高原におけるゴング(鐘)の文化的空間」が傑作の宣言をうけており、2009年9月に予定されている「世界無形遺産」への登録が確定している。
世界遺産への登録申請は6件目となるが、ハノイ市の古都はハノイのホアンキエム湖を中心とした三六街とか旧市内を取り囲む東西南北3キロ四方に門を配した正方形の都市をイメージされていたが、この発見により、古都の中心は西に5キロ近くずれることになり、旧ハノイ市は東西10キロを超えるほどの規模にまで拡大したことになる。ベトナム戦争でも被害を受けなかったような地域だけに遺跡の全貌の発掘が待ち遠しい。
2008年9月30日 日越間でEPA締結発効へ
日本政府は、日本とベトナム間での関税撤廃などを盛り込んだ経済連携協定(EPA)の締結交渉で大筋合意に達したと発表した。2009年には発効の見通し。今後10年間で貿易額の92%で関税が無くなる。(NIKKEI)
EPAの精神は骨太方針で貿易の自由化を推進し、両国間の一体的産業構造の構築を目的とされているだろうから立派だか、実務運用面では不透明感が残る。市場開放により不利益をこうむる分野への限定的規制延長なり食品安全基準に基づく検査なり、手放しでは自由化されない。さらには日本からベトナムに売るものはたくさんあるが、ベトナムから日本が買えるものは限られてくる。当然対日貿易赤字が問題視され、赤字解消策としての産業移転が求められてくる。ベトナムにすれば関税収入の減少をカバーするほどの付加価値税収入の増収を検討することになる。
AFTAを持つアセアン各国間の関税協定との整合性も含め、両国とも慎重な協定運営を求められる。
2008年9月29日 物価上昇率 0.18% 鎮静化
グゥェンタンズン首相は、9月の物価上昇率が0.18%となり物価上昇が鎮静化しつつあるとして、2010年までにインフレ率は一桁になると報告した。(Vietnam News)
ベトナムの経済統計は、中国と同じでどこまでほんとなのか疑わしい。前月比0.18%、前年同月比22.8%の物価上昇は、ベトナム統計局の前年同月比27.9%との報道もある。かつてハノイで情報交換していた日系の新聞記者は、経済関連の記事を配信するのに何度も政府機関を訪問して関係する統計数値を聞き出して、自分で統計をまとめていた。どこまでの統計資料をどうまとめて発表しているのか、詳細まで突っ込んだ取材で正確性を期していた。たいした根性である。
ともあれ、この発表はベトナム人には大変な安堵感を与えたようで、1月から値上げ一辺倒であった市場小売価格が、便乗値上げを取り締まるという政府発表とあいまって、一部値下げに転じている。中国製粉ミルク関連では、政府が安心といっても信じていないが、この件は受け入れているようである。
2008年9月24日 ベトナムの米輸出4.2%増
ベトナム政府は上半期の米輸出量が前年同期比4.2%増の250万トン超になると発表した。(ロイター)
世界のコメ市場はアメリカ、タイ、ベトナム、オーストラリアの輸出国によりマーケットが形成されています。ベトナムは上半期の輸出総量を350万トンに設定し、あとフィリピンに60万トン輸出することで合意していますから、残りは40万トン。売上高はコメ価格の上昇により15億ドルと前年同期比2倍になります。
しかし、コメ価格の上昇を受けてベトナム政府は輸出規制をしたため、フィリピンではコメ不足になりパニクリました。売り惜しみをしたわけですね。輸入国の反発を買ったおかげで、思ったほどの注文が来なくなり、あせったベトナム政府は、ここに来て今度はコメをもっと売れと号令をかけています。あまり商売上手とはいえませんね。
2008年9月22日 中国製粉ミルクを総点検
ベトナム、ホーチミン市は中国製粉ミルクに有害物質メラミンが含まれていた問題で、市内で販売されている粉ミルクの点検を行った。中国製の粉ミルクは無かったが、なんと製造国、製造年月日も分からない、わけの分からない粉ミルクを発見した。(Vietnam News)
中国製の粉ミルクは、乳製品などの加工用に輸入されていたようでメラミンの検査はしていなかったようです。
とりあえず、日本製の粉ミルクが安全ということでアジア各国で日本製粉ミルクが売り上げを伸ばしています。ベトナム駐在員で乳幼児をかかえる夫婦は年々増えています。しかし彼らは日本から粉ミルクを持って帰っていますから、最初からベトナム国内で売られているものを信用していないわけで、アジアで乳幼児を育てるのは大変な苦労ですね。しかし、紙オムツは現地で日本ブランドを買っている方もいました。1975年のベトナム戦争後33年、ちょうど戦後生まれの子供たちが、結婚、出産の時期を迎えて、このところの5年間はベビーブームです。都会でも田舎でも妊婦さんが多いこと。日本とは大きな違いです。粉ミルクのニュースはベトナム国内でも大変な反響で、鳥インフルエンザのとき、にんにくを食べると大丈夫のニュースに皆でにんにくを食べたことがありましたが、健康に関する反響の大きさは子供のことだけにあの時以来ですね。
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